ぼくらはどこまで食品の放射能を心配するべきか?

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放射能の問題はとてもやっかいだと思う。

もちろん福島原発事故から放出された
たくさんの放射性物質の影響についてはいうまでもないけど、
それとともに漏れ出した放射能がどれだけ「健康や環境に害があって」
ぼくたちはどの程度まで「気にしなければいけないのか」はっきりしないことも、
この問題を厄介にしている原因のひとつじゃないかなと思っている。

 

ぼくは今、仲間たちと放射能測定伊那谷市民ネットワークというグループを作って
食べ物や土のセシウムを測っているんだけど、
たとえば数ベクレルの値が検出されたとき、測定を依頼に来てくれた人に
「このぐらいなら大丈夫ですよ」とか
「食べないほうがいいんじゃないかしら」とか言えないでいる。

 

一応、会では数値についての評価は言わないということになっているのだけど、
測りに来てくれた人は、安全とかあぶないとか言ってほしいのは
すごく伝わってきてつらい時もある。

 

ぼく自身は原子力発電所と人類は共存できないと思っているし、
途中さぼっている期間もあったけど30年近く
反原発の活動にかかわってきていて
原発なんてなくなってしまえばいい、と思っている。

 

それとともに個人的には内部被ばくのことに関心が高くて
自分自身いろいろと調べてもいる。

 

放射能の問題を語るときには、シーベルトやらベクレルやらガンマ線、
半減期などわけのわからない言葉がポンポンとでてくる。

 

放射性物質と放射能、放射線は違うものなの?

 

半減期になれば、放射性物質のパワーも半分になるの?

放射能は煮たり焼いたり凍らせたり腐らせたり、
ましてや薬品や土壌菌やお祈りで威力を減らすことはできないらしいし、
イスカンダルまで行ってコスモクリーナーを持ってこない限り、
(その世代の人間です。わけわからない人すみません)
時間以外に放射能を無力化できる方法はないらしい。

 

わけがわからないので、たいていの人はそこで考えることをやめてしまう。

 

ぼくは一応大学では物理を学んだので、
まわりのひとより少しは興味を持っているし理解しているつもりだけど、
これが哲学や経済学の問題だったら、思考を停止するのはお手のものだ。

そんなわけで、ぼくの理解の範囲でちょっと書いてみようと思っている。

 

数ベクレル、10数ベクレルといった数値が出た食品があるとする。

この商品を食べるか食べないか判断するときには
3つのポイントがあると思っている。

ひとつは、低線量被ばくの確率的影響という話

もうひとつは乳幼児や胎児の感受性の話

そして最後は、生物学的半減期の話。

まずは、低線量被ばくの確率的影響について

低線量被ばくの確率的がん発生

上のような図を見たことがある人もいるかと思う。

放射能を沢山浴びた場合、
人は浴びた分だけ放射能が原因でがんになるリスクが高まる。

そしてそれはおおよそ100mSv(ミリシーベルト)以上被ばくされた場合は、
きれいな比例関係にある。

それは、200mSv(ミリシーベルト)浴びた人は、
100mSv浴びた人より2倍放射能の影響によってがんになる可能性がありますよ、
という意味だ。

このグラフは広島・長崎の被ばく者の追跡調査によって得られたものだが、
実は約100mSv以下の低線量被ばくについては、わからないということになっている。

 

わからないことについては、人は自由に、
場合によっては自分の都合がいいように解釈したがるのが常だ。

「人間は強いから少しぐらいの被ばくなら免疫力で回復させる力があるから、
低線量被ばくは気にしなくていい」という人もいれば、

「いやいや人というのは敏感で繊細な生き物、
少しの放射能の場合は、よりがんになるリスクが高いはずだ」という人もいる。

「低線量の被ばくはむしろ健康のためにいい」といわれても、
実はそれを否定するに十分足りるだけのデータがないわけで、
低線量被ばくは害がないだけでかえって身体にいい
(ホルミシス仮説というそうです)という話もでてくることになる。

ここで大事なのは、低線量被ばくのリスクを過小に評価した場合、
それが正しくなかった場合に取り返しがつかないということだ

これから統計的な有為差がもし出てきて
「低線量被ばくは身体にいい」という結論がでたなら、それはそれで結構。

笑って済ませることもできる。

でも、「ほんとうは低線量被ばくは健康リスクが高いんですよ」となったとしたら・・・

あなたやあなたの家族に具合の悪い人が出て、
低線量被ばくの影響かもしれないと思い当たることがあったとしたらどうだろう。

 

あなたが学者なら、
「いやあの時は十分なデータがなかったから」と言い逃れるかもしれないが、
当事者はそういうわけにはいかない。

 

ほんとうのことはまだ分からないのだったら、
意識を持って無理のない程度に
内部被ばくを避ける努力をするべきだと、ぼくはそう思っている。

(無理してストレスにならない程度にね)

 

もちろん、

わからないことに対する対応の仕方はひとりひとり違って当たり前だし、
ぼくがこうしなさいというべきことではないし、
間違っても国のお偉いさんや発言の影響力があるマスコミのひとや学者が
こうしろというべきことではないのは当然だ。

次は胎児や乳幼児の感受性について

あなたが女性で妊娠しているかもしれないとしたら、
積極的にレントゲンを受けたいと思うだろうか?

 

問診票に妊娠していると書けば、レントゲンを受けないように言われる。

つまりそれは、胎児はレントゲンに弱いあるいは敏感だということ。

 

レントゲンのX線とセシウムなどから飛び出るガンマ線は
ほとんど同じものなので、
当然原発から出る放射能も胎児や乳幼児のほうが大人より影響があることになる。

 

どのくらい大人に比べて影響が大きいかは5倍とか10倍とか、
なかには100倍という人もいて、じつはこれもはっきりしない。

細胞分裂が活発な胎児第4週くらいが一番影響が大きいという話も聞く。

はっきりしているのは、受胎から20歳前後の成長期が終わるまでは

大人よりずっと気にしたほうがいいということ、

そして子のためには妊娠して出産して授乳が終わるまでは
母親も同じように気をつけたほうがいいということ。

(父親もですね)

 

そして、内部被ばくは外部被ばくより影響を受けやすいということだ。

レントゲンは一瞬だが、
内部被ばくは体の内側から体内に留まっているあいだ放射線を出し続ける。

(しかもガンマ線だけでなくアルファ線やベータ線を出す場合もある)

 

外部被ばくと違って、
細胞にくっついたり血液と一緒にからだをめぐりながら放射線を出し続ける。

 

生物学的半減期

セシウム137の半減期は30年だから、
からだに入ったセシウム137が半分になるのに30年かかるかというとそういうわけではない。

体に入ったセシウム137が体から出て、海に流れて魚が食べて、
またそれを人が食べて等々を繰り返して半分になるのに30年かかるという意味だ。

 

体内に入った放射能のうち、半分が排出されてからだから出るまでの期間を
生物学的半減期といって成人男子で約3ヶ月、
子どもはもう少し早くて1~2ヶ月程度だといわれている。

(ストロンチウムやプルトニウムは骨や肺に沈着するためもう少し厄介で、
ストロンチウムは約50年、プルトニウムは約200年だそうだ。)

 

だから、間違って一度くらいうっかり食べてしまっても気にすることはない。

からだに入った放射能はそのうちうんちやおしっこなどになって出て行ってしまう。

でも、毎日少しずつ放射能を含んだ食品をからだに取り込んでいったらどうだろうか?

放射能はいつまでもからだに中に居続けて、
出て行くより入ってくる放射能が多い場合は少しずつ蓄積し増えていって、
ある程度になると平衡状態になる。

高濃度に汚染された食品を一度だけ食べるより、
毎日微量の放射能入り食品を食べ続けるほうが、
総量は一緒でもからだへの影響はまったく違う。

毎年夏休みになると
福島の子どもたちを汚染のない土地へ疎開させようという話が出てくる。

チェルノブイリの近くでは病気がちの子どもたちが
夏休み中の疎開でみるみる元気になって、

家に戻るとまた具合が悪くなるという話もある。

問題は日常的に放射能を含んだ食品を食べるような状況にある。

 

だから、毎日食べるものに気をつけようという話になる。

まとめ

以上3つの話から、

目の前に数ベクレル~10数ベクレル検出された食品があるとして、
食べるか食べないか判断を迫られたときには、
あなたがすでに出産・育児の時期を過ぎた大人で、
その食品が毎日継続して食べるお米や牛乳などではなく、
たまたま食卓にあがっただけであれば、
そんなに気にしなくても大丈夫だろうというのがぼくの意見だ。

 

だから、スーパーで普通に買い物したり、
お寿司屋さんに外食しにいってもそう気にする必要はないと思う。

その一方で、その食品が毎日食べるお米だったり、
妊娠中のお母さんがいたり小さい子がいる家庭では少しばかり事情が違ってくる。

 

それも、放射能をしっかり測っている店でなるべく購入し、
ふだんはできるだけ家で食事をして、
外食の場合は東太平洋産の底魚や川魚、きのこや獣肉など
濃縮しやすい食材は避けるくらいで、
検出下限値が高いからと避けたり
なにがなんでも西日本のものしか食べないとがんばる必要はないと思う。

 

心配しすぎもからだによくないそうだ。

検出下限値が高いというのは、
どのくらいから言うのかはそれぞれの考え方だが、
たとえば検出下限値25ベクレルというのは、
そんなにひどい話ではないのかもしれない。

 

業者や学校給食を測る自治体が
たくさんの食品をできるだけ提供前に測りたいと思えば
測定の時間を短くする必要がある。

検体の重量が揃わないこともある。

 

大事なのは、食材を提供する業者なり自治体なりが、

できるだけ放射能に汚染された食品を提供しないようにしたいと思っているか、

それともとりあえず消費者の批判を受けないように
測っているとポーズだけなのか見極めるという点だ。

 

企業の場合、ブログやフェイスブックを読んでみれば、
おのずと姿勢は見えてくる。

ここは大丈夫だと思ったら、あとは信頼してみることも大事だと思う。

 

手放しでよろこべることではないけど、
日本では流通が発達していて、
輸入食品も多いことから、
福島の現地の人も含めベラルーシやウクライナより
内部被ばくの蓄積量は少ないというデータがある。

 

流通が発達しているということは、
逆に全国の人たちがごく微量に汚染された食品を毎日食べている
またはそうなっていくのかもしれないともいえる。

 

つまり、内部被ばくの問題はこれからは、
全国どこでもおこってくる可能性がある問題だということだ。

 

ほんとうのことをいえば、

放射能の内部被曝の問題は個々人が考える必要がなくなるのが理想だと思う。

3.11の前に戻ることはできないけれど、
社会全体がこれからどうやって放射能汚染を拡散しないようにしていったらいいのか
一生懸命考え対応して、
放射能に汚染された食品がこれ以上出回ることがないように真剣になるべきだと思っている。

 

ほうっておけば、

これから何十年もの間
私たちは放射能のことを心配しながら食生活を送らなければならなくなる。

そう何十年も。

 

「薄めて広げてしまえ」は
あとで取り返しのつかないことになるかもしれない。

そのためには、ぼくはあなたは何が出来るだろうか?



しう(2012年10月15日)

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